即興厨房

大船市場で野菜を大量に買い込んでええ感じのお総菜を一週間分作ってはブログに記録する人です。器は骨董屋でこつこつ集めたぐい飲みやお猪口です。美術展、本、たまの旅行も記事にします。好きな動物はチー付与のどんぐりです。

【創作お題スロットで幻想譚を書いてみた 其の弐】神はそこにおられる、私が泣こうとも、私が祈ろうとも、神はただそこにおられる

 

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神はそこにおられる、私が泣こうとも、私が祈ろうとも、神はただそこにおられる

 

ある日神様がやってきて、私に世界を観察するよう頼んできた。私ごときが観察して一体何になるのかと問うたところ、
「モニタリングです。あなた方人の子がこの世界で起こっていることを見てどう思うかを私どものほうでモニタリングするのです。あなたはモニターに選ばれたのです。」
という。

さもしいことに私はそのとき、何か謝礼は出るのかをつい聞いてしまった。
「あいにく金銭でのご用意はございませんで、謝礼はこちらのカタログからご希望のものを一つ選んでいただく形になります」
カタログ! 先に見せてもらうことはできるのだろうか。
「できますよ。」
渡されたカタログは、結婚式の引き出物のような、良い紙に良い印刷を施した小冊子だった。
最初に「オススメ定番品」として、「イエスが増やしたパンと魚(5000人分)」がある。
ロットが多い。
一度に来るのかと問うたところ、一度に来るとのことだった。それではあまり選ぶ人がいないだろうと問うと、大規模飲食店経営者や議員などに需要があるとのことだった。知恵の実はないか聞いたが、それは人の子のためのカタログには載せられないものであるという。言われてみればそうである。
その次のページには、
「隠れた人気 非常用マナ(40年分)」
があった。
なんと。マナがあるとは。

予てから私はマナの味を知りたいと思っていたのだ。この機を逃す手はあるまい。しかしさっきのように一度に40年分届くのではあるまいな。
「そちらは指定の日から40年間あなたのところに降りくるものとなっております」
マナは次の日には腐るらしいが、途中でやめることはできるのか。
「中途解約は可能です。ただ、休止制度はございませんのでやめるときはよくよくご検討の上ご連絡をお願いいたします」
毎日マナばかり食べるのでは飽きるだろうが、数日体験して途中で停止すればいい。何しろ子どものころに絵本で読んでどんな味だろうと憧れたマナだ。一度でも食べられればそれでだけで夢がかなう。
ところで40年分とはずいぶん割が良いのではないか。
「まぁ、なんと申しますか、自社製品なので、原価は、その、お安いもので」
そういうものなのか。
念のためカタログを一通り確認してから決めるよう勧められたので他のページもざっと見てみたが、「臨場感抜群! 絶対に振り向いてはいけないソドムとゴモラ 隣の塩柱」、「絶滅動物完全再現! ノアの箱舟上船券」、「激レア? 東方の三博士の贈り物三点セット(レプリカ)」、「荒野の誘惑ツアー あなたも悪魔に運ばれてみませんか?」など、それぞれそれなりに魅力的ながらマナに勝るものはなかった。
「では今回の謝礼はマナ40年分でよろしいですね。モニターを無事終了し、モニタリング機器の返却を確認後、受け取り方法を改めてご連絡させていただきます」

それにしても一体なぜ私が選ばれたのか。
「比例配分法を用いた無作為抽出です。具体的には、信者である方から、居住地、年齢、性別を考慮して全世界から選ばせていただいております」
では仏教徒のところには仏様が来るの? 無神論者には? と問うと、
「よそさまのことは詳しくはわかりませんが、無神論の方のところにはスパゲティの怪物が派遣されることが多いと聞いたことがあります」

 

それから私は、国勢調査のようなマークシートの調査票にいくつかの自分の属性を回答し、モニタリング機器として透明な長球を受け取った。そこにはモルワイデ図法の世界地図が映し出されていた。不思議なことにどう回転させても必ず私の見ている正面に世界地図が見えるようになっている。
「1か月経ったらこちらの返送キットを使ってモニター機器を返却してください。」

段ボールを折りたたんだものを渡された。
しかし世界観察とは具体的に何をすればいいのか。
「いえ、特にしていただくことはありません。」
何も?

例えばこのモニター機器に特別な機能がついていて…地図の中の知りたい地域のことを念じてみたらその地域の更に詳しい情報が脳内に流れ込んできて、それにより世界についての知見がより深まり世界の観察が捗るなどということは?

「いえ、この地図にそのような機能はありません。これはあなたの情態を測定し通信するためのモニターで、その地図はただのバージョン情報です」
通信機器だとすると肌身離さず持ち歩いたほうがいいのでは?
「いえ、相当離れても通信性能に影響は出ません」
どのくらい?
「火星くらいまでなら」
現時点での人類の到達可能距離をはるかに超えているじゃないか。そんなに高性能ならモニタリング機器なんて必要ないんじゃないのか?
「いえ、あなたにこの機器に一度触れていただくことが必要なのです。実はあなたが一度この機器に触れたことでこの地図にあなたの現在地がいつもマークされるようになったんですよ。人の子の目には微細すぎてわからないと思いますが」
ところでこれはなぜ地球儀ではないのか? なぜ長球にモルワイデ図法の地図なのか?
「すみません、古いバージョンのものなのです。急遽モニターを増やすことになって、数が足りなくなってしまって。もちろん機能には特に問題はございません」

神様に世界観察のモニターとして選ばれたという特別感が見る見るうちに萎れていく丁重な塩対応であった。そこはかとなく悔しくなった私はダメ押しでモニターを務めるにあたって何か心掛けたほうがいいことはないか尋ねた。例えば世界情勢に関心を持つとか、ボランティアを通じて草の根の声を聞くとか。
「何か特別なことをしたくなったらそうしてください。いつも通りでもどちらでも構いません。あなたはただ、一か月の間、モニタリング機器を通じて、あなたの情態をこちらに測定させてくださればいいのです」

 

それだけでマナ40年分とは!
随分得な話に選ばれたものだ。

 

特別なことはしなくてもいいと言われておりながら、やはり最初の頃は国際や宇宙含む様々なニュースを気にするようになった。しかしそれも一週間で飽きた。私がモニターになってから、新型コロナで先のべされたオリンピックがようやく開催され、ミャンマーで軍事クーデターが起こり、アメリカが撤退したアフガニスタンタリバンが制圧した。新型コロナはワクチン接種率と競争するように変異を続け、知人にも陽性者や発症者が出るようになった。自分はといえば、自治体の都合で予約がなかなか取れず、先日ようやく一度目の接種を受けた。副反応は結構な頭痛と熱。しかし三日目には何事もなかったように出勤できた。
こんな程度でいいのだろうか、と思った。これで世界を観察していることになるのか。こんな凡夫一人の情態がモニターされてどうなるというのか。そもそもマナ欲しさに引き受けてしまったが、随分長く教会に行っていないし別にものすごく神を信じているわけでもない私なぞが神の子から依頼を受ける資格があるのか。

 

 (理由はつまり神のみぞ知る)

 

自身のモニターとしての適性はともかくとして、モニタリング機器は私にとってとてもお気に入りの品になっていた。私は機器のためにあれこれ探したあげく一番瀟洒で一番ぴったりの大きさと思われた結婚式の指輪用のクッションを買い求め、その上に機器を柔らかく据えた。家のパソコンの傍に置き、朝に夕べにそのなんともいえず美しい地図を眺めた。不思議なことに機器に見える地図は、現実の地球の時刻や気候を反映しているようで、東からだんだん明るくなったり暗くなったり、風向きに沿って雲が沸いたり消えたり、雨が降ったり雪が積もったりする様子を観察することができた。

ある晩家に帰っていつものようにモニタリング機器を眺めていたところ、突然、全体がまるで檸檬のように色鮮やかな黄色に変色して戻らなくなった。私は何か不吉なことが起こったのではないかと狼狽えた。あまりに不安になったので…なにしろ機器は地球を反映しているように見えたものだから…「お困りの際には」として渡されていた電話番号に問い合わせることにした。
「モニタリング機器が黄色くなったんだが、何か地球に問題でも?」
「世界観察モニターの方ですね。ご本人様確認のためにお電話番号とお名前、生年月日を伺ってもよろしいでしょうか」
私は電話番号と名前と生年月日を伝えた。無事本人確認ができたところで改めて先ほどの問いをぶつけてみた。
「モニタリング機器が黄色くなって戻らないとのことですね。ディスプレイが故障した可能性がありますが、測定通信機能には問題がなくこちらにデータが届いております。できれば調査終了日までモニターの継続をお願いしたいのですが」
測定通信機能には問題がないのか。
そういえば神様も、機器が不足しているので古いバージョンを引っ張り出してきたと言っていた。そうなると代替品の支給は望めまい。

ディスプレイに問題があるだけなら、マナのためにモニターを継続するか。
とはいえ今までのように見て楽しめるものではなく、むしろ不穏となったため、その後はモニタリング機器を返却用の箱にしまってそのままにした。一週間後、私は郵便局に行き返却の手続きを行い、その三日後に謝礼の手引きが届いた。
「受取を開始する際は、神に祈ってください。中止するときも、神に祈ってください」
とあった。

 

あれから16年経った。
14年前に、私はマナの受取を神に祈った。マナは私にしか降らないので、私は人里を避け、山に小屋を建てそこで暮らすようになった。他の人は今どうしているのか。世界は今どうなっているのか。
新型コロナは国家から体力を奪い、あちこちで起こった紛争は沈静化することなくむしろ拡大していった。ウイルスとのワクチン競争はどうしたって分が悪く、過酷な現場をかろうじて支えてきた医療関係者は櫛の歯が抜けるように失われていき、いつそれが起きたとはっきり言うことすらできないような形で医療体制は崩壊した。温暖化は人類から居住地と耕作地を奪った。高度な技術を必要とした製品は過去の遺物となり、人の子はあの日のように、いや、あの日と違って、自らが汚し改変した荒れ野に裸で放り出された。
あっという間だった。あっという間に、人類は。

 

私には老いはあるが不調はなかった。マナを食べているからか。机の上には、土曜日を忘れないための手製の一週間分の万年カレンダーと、マナを入れるための木彫りのお椀二つ、いつか見つけたゼンマイ式のオルゴールがある。
オルゴールのゼンマイを巻き、少し急いた感じで始まった曲を聴きながら、窓から外を眺めた。
まっすぐに伸びた針葉樹の間から見える青空に変わりはないのに。

 

(それでも私は、あと26年、マナを受け取り続けるのだろうか)

 

 

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