即興厨房

大船市場で野菜を大量に買い込んでええ感じのお総菜を一週間分作ってはブログに記録する人です。器は骨董屋でこつこつ集めたぐい飲みやお猪口です。美術展、本、たまの旅行も記事にします。好きな動物はチー付与のどんぐりです。

恋愛相談

そのころ私は、大型貨物車の後輪に巻き込まれた後にわざわざ戻って轢かれにいったような恋に囚われて、毎日気を散らそうと努めては失敗していた。砂時計が落ちきる前にひっくり返すような薄暗い気忙しさに耐えかねた私は、これまでついぞしたことのなかった恋愛相談なるものを友人に頼み人生に活路を見出そうとした。全く参った。自分がどう動いたらいいのか皆目見当がつかなくなっていた。何もかもが不正解のように思われてしかし何かをしなくてはならないような気がしていた。全てが手遅れなのに何かをしないともっと手遅れになるように思われてならなかった。大体もう恋愛なぞする予定はなかったのに。ただひたすらに活字を汲んで自分のための世界の写し絵を描いてそれでしまいのはずだったのに。

私は傷ついた象のように正気を無くしながらその一方で失われてしまった精神の平穏を取り戻そうと努めていた。しかし傷は甚だ痛むにもかかわらずどこか快くもあった。放っておけばそのうち治るとわかっていながら治ってしまうのが勿体ないようだ塞がったのかもわからない動いたら痛む痛みを紛らわすための快楽物質が分泌される瘡蓋はありますかそれとも傷はまだ外気にさらされていますか。

恋愛相談は大層効果があった。なぜなら相談相手の友人が中々の手練れであったからである。彼女は自分が自ら恋を求め移ろう質であったことを明かし、下手くそ極まりない私の対応の経緯からその顛末を予測して示してくれた。先方からの好意を確信してからでないと動かず、しかも動いた後に大体よくない状況になりがちであった私に話は大変新鮮であった。自身の内情をはきはきと明かしてくれた友人に私は心から感謝した。ああ、私はもっと自分に似ていない人に触るべきだったのだ。この人にとって私なぞつまらないだろうなんて思わなくてもよかったのだ。似ていない人は私が知らない見識を示してくれる。私はあれほど知らない考えを得るために本を読むのがすきなのに、どうして知らないあなたを知るためにもっとあなたを頼まなかったろう。

といってすぐに小心が治るわけもないのだが。

彼女の啓示は私の精神を明るく照らした。舞台袖で重なった緞帳に絡まってもがいていたようなところからようやく抜け出した気持ちになった。

それでも恋心とは厄介なもので、週で考えれば遠ざかっているだろうに、日ごとの干満が不意に寄り来てあれあのくらい遠くに水際があるから届くまいと思っていたのに冷たいと覚えた時にはもう波に足首を濡らされさやさやと引いていく真砂と潮とを見下ろす羽目になったりするものだ。私はそれでももうこれ以上は一歩も動いてはいけないように思った。波に、海に、気づかれないように、できることなら、そうっと、そうっと。

明かさない心は伝わらない。言葉にしなかった心は相手が知る由もない。そのことに私は今ほど感謝したことはなかった。私の心はおちこちすれど水面を越えねばござりませぬ。不本意にくっついた傷を引きはがすような痛みも、かけり立つような慕わしさも、どちらにも息をひそめて、私はただ療養することにした。私はしなくてもよい怪我をしたのだ。怪我は動くと悪くなる。ぢっとしてれば治るのだからぢっとしていなさいよ。それで巻き込まれたことは忘れるのかい?いやぁ、忘れやせん、忘れやせんよ。忘れるにはあんまり有難かったのです。確かにそれは幸いだったのです。それはありましたか?はい、たぶんそれはありました。私はどうもうまくやれませんでしたがね。よくあることです、育ちそびれた恋なんて。次に行きましょうなんてさっぱりできるわけじゃありませんが、それよりもですね、私はその友人が相談に応えてくれたことがありがたい。私の話を芯から聞いて懸命に自分の内奥を攫ってうまく伝わるかなぁともどかしがりながら言葉を紡いでくれた、その友人の行いが心の底からありがたい。こんなふうに書いているのを知ったら、彼女は屹度呆れたり怒ったりそれとも笑ったりするんでしょうけれども。

 

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希死念慮について」を読んだ人から、小説を書いてはどうかと言われたので。

以前とは毛色の違う短編を。

ちょっと小説違う言われたので次は久しぶりに幻想小説いきましょか。