読んでいる本をおしまいにしたくてcafe vivement dimancheに行った。朝は二種豆を出しておられるので、最初に浅煎りのホンジュラス産プリンセス・ナチュラル、次に深煎りのペルー産サンペドロ・ブルボンをエスプレッソで頂いた。浅煎りは大体酸味があり舌がぴりぴりするほどスパイシーなのだがこれはことのほか刺激があるように思われる。深煎りになると個性がよくわからなくなるので後半は砂糖を一袋入れてよく混ぜてデザートのように味わう。店が休みでなく私が休みの日には大抵こんなことをしている。
鎌倉の八幡宮の境内にある国宝館で仏像入門展をやっているのでコーヒーの後見物に行くことにした。ついでに蓮も撮れたら撮ろうと思っていたのだが盛りは過ぎたのか実を詰めた花托ばかりが目立つ。ようよう咲きかけた薄紅が一輪ばかり弁天様の方の池の端にありそれをすごい装備のカメラマンがよいところに三脚を立てて懸命に狙っている。自分はまた来年も来れるだろう、しかしあなたはそうではないかもしれないから存分に納得のゆく写真を撮ってください、そんなように内心で声をかけて池に沿って国宝館に近道をした。蓮の間をたぶんオナガガモの親子が泳いでは抜け泳いでは抜けしている。子どもがやる餌に鯉が波立てて群がっているが当の子どもは縁石の隙間から懸命に首を伸ばす亀の口にエサを届けようと腐心している。亀は耳が赤くないからどうやらニホンイシガメのようである。
ひとしきり亀と水鳥を撮って気が済んだので国宝館に向かった。400円を払いまずは右手の常設から拝見する。常設といいながら見ない顔がいると思ったら今回の特別展のためにいくつかの仏像を移動しており空いたところに新顔の仏像がおわしたようだ。例えば伽藍神像というやたらと四角い顔立ちがおられたが今まで見た覚えがない。これは道教の神様をどうしてだか禅宗の建長寺が祀っていたというもので、顎髭の抜けた跡があることから張大帝であろうといわれているらしい。そんなことを言われてもさっぱりわからんがえらくえらが張っており面白かった。たぶんいつもおられる迦葉尊者立像や俱生神坐像は何やら浮かれたおっさん感がある。またここにおわす十二神将は揃いも揃ってマイルドなジョジョ立ちである。つまるところ八幡宮の国宝館は何度行っても大変楽しいところなのだ。
特別展では浄智寺の地蔵菩薩坐像が大変な美男でおられた。正面から見るとただ目を伏せているようにしか見えない。しかし跪いて見上げると美しい切れ長が静かにこちらを見下ろしていることを知る。非常に距離感はあるのだけれどもしかし確かにこちらを捉えているという風に冷たく遠く見下ろしておられるのである。こちらのお地蔵様は衣文も大変美しく、頭に一刀両断されたような跡があるのもさほど痛ましくなくかえって凄艶を増すようで誠にもって好もしいものであった。涅槃仏像は厨子に納められており両脇に弟子の像が一人ずつあるところ扉を開いたところや奥にも絵が描いてあるものだから要はジオラマである。天井には迎えの天女などが描いてありさすがに細かい。扉を開いた裏には嘆き悲しむ人々に交じって動物もいるのだが、右手にはどう見ても鬼と龍がいるわ、左手には涅槃像のわきに描かれているくせに涅槃的に横になっている地蔵菩薩っぽい人物がいるわ、その手前には涅槃感もなくただ疲れたから寛いでいるようなおっさんがいるわ、図像学的に解題をしないとよくわからない部分があった。八幡宮所蔵の弁天様は江の島の弁天様に比べると三周りくらい大柄であったが大変美しかった。しかしまぁ弁天様は仏像に比べて顔が均一である。当時身近にいた美人を思い切って採用するなどの意気込みが欲しい。いつもは常設におられる聖歓喜天はいつもながら象頭人身で互いの背中に手をまわしている造形の滑らかなエロスがいわく言い難いものである。足先がかすかに触れ合っているのも何かこうエロい。
エロやら美男やら愉快やらを存分に堪能し国宝館を辞したところで鹿の子百合の群生に邂逅した。
丁度ポートレート撮影のレンズを持っていたのでマクロではなくそちらを使って撮ったのが上の写真である。歩く姿は百合の花といわれて百合はそれほど美人でもなかろうと思っていたのだがここでの百合が鹿の子百合であるのならなるほど美人に例える値打ちもあるだろう、そんなように思わせる可憐な美しさである。
腹が減ったので八幡宮を背中に段葛の左沿いの歩道を歩いた。こちら側にあるromi-uniのクレープを頂こうと思っていたからである。紅谷本店がずいぶん綺麗に改装されているのにびっくりした。そのうちKIBIYAベーカリーがあったのでちょっと覗いてみた。黒蜜パンというのがあったので子どもと自分に小さいのを一つずつ買う。その後ショーケースの中のキッシュがどうにもうまそうで一つお願いする。
「今日が賞味期限なのでキッシュは半額になっております」
そんなことをいわれたら誰でも二つ買うだろう。何しろ腹が減っていて、美味いものが安いのだ。
それからもう少し歩いてromi-uniの前に来た。ところがいつもクレープを焼いている小窓が閉まっている。何かかわりはあるだろうかと中に入るとフルーツサンドが並んでいた。
(romi-uniのフルーツサンドなんて、どうやったってうまいに決まっている)
そんなわけで、白桃、南国ミックス、ブルーベリーのうち南国ミックスと白桃を買った。ミックスは定番なので、白桃は好物なので、そんな決め方である。レジで聞いたところ、夏場はクレープの鉄板が熱いのでフルーツサンドにしたとのことであった。フルーツサンドと交代でクレープを再開する日にちが掲示してある。まぁどの季節にどのようなものを売ろうとromi-uniは美味いので何をやってくれても大歓迎なのだ。
それから郵便局に行って一つきり持っている株の配当金を受け取り、レンバイで特に面白い野菜は見つけられず、たまには鎌万水産で子どもに刺身の盛り合わせでも買って帰ってやろうと思ったが出ておらず、結局肉の大成でとんかつを買って帰った。これを玉子でとじてかつ丼をつくってやるつもりなのだ。
帰ってキッシュとフルーツサンドを皿に並べた。
キッシュの具材にはブロッコリーと小エビとキノコが採用されている。エビの歯ごたえも楽しいが何よりベースの卵液がすこぶるうまい。何かこう特別な出汁が調合されているようなそういううまさである。これが通常300円のところ半額の150円とは申し訳ない。興奮して二つ買っても致し方ない。
フルーツサンドはまず右手の南国ミックスからいただいた。採用されている果物はマンゴー、バナナ、パイナップル、キウイ、これをシークワーサークリームとオレンジとレモンのジャムでまとめている。レモンピールの苦みが心地よいフルーツサンドであったが想定の範囲内の旨さであった。
次に左手の白桃を齧る。
うまい。
こういうものを食べたかったのだ。
白桃の滑らかな果肉と上質でまるい甘みを引き立てるべく採用されたのはカスタードクリームとサワークリームを合わせたサワーカスタードなるものである。カスタードクリームだけだともったりぼってりしてしまうところサワークリームで軽くしようというのだ。さらには白桃の香りが儚く嗅覚を刺激するに不足であるところをフランボワーズとキルシュのジャムを挟むことではつらつとした香りを添えている。桃というともすれば重くなりかねない果物を採用しながら夏らしい軽やかさを現出させている。
そうだ、私はこういう巧緻を尽くしたフルーツサンドを味わいたかったのだ。
こういうものに出会えるから鎌倉散歩をやめられないのだ。
【本日の散歩費用】
cafe vivement dimanche エスプレッソ 250円×2
鎌倉国宝館観覧料 400円
KIBIUAベーカリー 黒蜜パン 小100円×2
キッシュ 150円×2
romi-uniのフルーツサンド 白桃 300円
南国ミックス 300円
肉の大成 とんかつ 180円×2 (消費税省略)
〆て2360円也。