大田区と言えば町工場である。下町ロケットとか。観てないけど。
そんな大田区では1年に1度町工場を開放、現場で!直接職人さんに話を伺い!工場によってはモノづくり体験もできる!そんな夢のようなイベントを開催している。
それが「おおたオープンファクトリー」である。
では参加前にやっておくべきことをおさらいしておこう。
- 公式サイトのチェック(2023年度は11月1日に公開された)
- 公式ツイッターのフォロー(こちらもおそらく同上)
- 1週間くらい前に公式サイトに掲載されるGUIDE BOOKの確認 可能ならプリントアウト(当日会場の最寄り駅や案内所で配布されるがそれまでにロジは組んでおきたいだろう?)
- 必要があれば予約
それなりに控えたほうがよいであろうことも一応書いておく。
- 町工場への直接の問い合わせ
お仕事なさってるからね。問い合わせ対応で仕事に支障が出て次年度参加してもらえなくなると困るからね。
赤塚刻印製作所
10時のイベント開始と同時に下丸子駅至近の赤塚刻印製作所を訪ねた。2000円の印鑑づくり体験に惹かれたのである。
そう、これこれ!と言いたくなるような工場内の風景。こちらは金属刻印の工場である。金属体に打ち込むロゴマークやロット番号の他、ポール・スミスの革製品のあの美しいサイン、今回お願いした印鑑などよろず刻印を製作している。失敗作として展示されている手彫り刻印を見るとレーザー加工と異なってエッジが切り立っているように思われる。とわかったようなことを書いているが、そもそも失敗作のどこが失敗なのかもわからなんだ。
赤塚さんの本来のフィールド手彫り加工の工具。
に命を吹き込む刃物研磨機。
赤塚さんがニコイチにしたという汎用工作機械。
こういう手書き実用張り紙はたまらんものだ。
予約をしていなかったのだが幸い空きがあった。印材はアクリル2000円、ステンレス5000円。ステンレスにも興味はあったがお楽しみハンコなのでお安い方にした。
彫刻機のための「極楽彫2」というソフトで書体を選び文字を打っていく。このソフトのすごいところは文字を打った後にマウスポインタで範囲指定するとその部分がベクトルデータとして独立して扱えるようになる点である。文字を偏とつくりに分解して好みに配置したりできるのだ。業界では特にすごいことではないのかもしれないが素人的には大変わくわくした。デザインが終わったら赤塚さんが文字を反転し彫り込みルートを自動で設定する。
はずだったが。
「斑」の文字でエラーが出た。どうも彫り込みに不適切なベクトルデータが検出されたようだ。文字を拡大すると各部に過度な折り畳みや鋭角が見つかったので赤塚さんが細かく修正していく。エラーが出なくなったところで彫刻機にデータを飛ばす。ここからは機械が自動的にやってくれるので30分待てばよい。
はずだったが。
斑の字がなぜか消えてしまう=彫り込みルートに入ってしまっているということで彫刻はいったん中止。お絵かきソフトで線が閉じていないとバケツで塗りつぶしたときに要らんとこまで色が付いてしまうのと同じ現象が起こっていたようだ。閉じていない部分を探し継いでやらねばならない。これも赤塚さんにお任せ、その間に近くの北嶋絞製作所を覗いてみる。こちらでは先着150名に限りヘラ絞りによるお皿つくりを体験できるとのことであったが既に長蛇の列だったので早々に諦めて昼ご飯を求めてパン屋に参る。こんなわくわくするイベントデーに着席してご飯を頂くなどできない性分である。歩きながら食べるのだ。
ブーランジェD316
こちらでは、ソーセージパン200円、カレーパン180円、シュガードーナツ160円、はちみつゴルゴンゾーラ250円を買い求めた。どれもこれも美味かったのだが、カレーパンのカレーが甘口なのにスパイシーで頗る美味しく、またはちみつゴルゴンゾーラが干し葡萄とはちみつとゴルゴンゾーラという小癪な組み合わせで天に昇るようであった。ゴルゴンゾーラの強い鹹味と発酵食品特有の複雑な味わい、対比するはちみつの甘さ、ご褒美のような干し葡萄の果実の酸味。こういうパン屋のある下丸子とは妬ましいほど良い街である。
赤塚刻印製作所に戻ったところわが判子の製造が再開されておった。赤塚さんが奥の間で小学生の印鑑デザイン作業中だったのもあり、見学に来ていたご夫婦に「今作ってるの私の判子なんですよ」という一生言う機会がないだろうと思っていた台詞を実績解除した。楽しい。
判子が仕上がりました。わはー!
こんなに手間と時間をかけていただいてたった2000円でよいのだろうかと思いつつお代を払って工場を後にする。
ウェディア
さて次はシルクスクリーンのウェディアさんである。
奥のTシャツが下がっているところが工場入り口である。激渋。
こちらではシルクスクリーン体験ができるとのことで参ったのだが
ワ…ワァ…!!!
ぐるぐる印刷機には既に布と版がセットされている。上の方に溜まっているインクを木の板で圧しつけながら手前に滑らせ布にインクを載せていくのである。
えっこの工程一枚一枚手作業なの!結構力要るし載せきれてなくて二回やりましたけど!
全自動の機械もあるが高額なので導入していないとのことだった。
むらなくインクが載ったのを社長に確認していただき乾燥機に回す。
乾燥機から出てきた生まれたてのシルクスクリーンプリントがこちらになります。
社長さんに赤塚刻印製作所で判子を作ってきたことを話したところ、あの赤塚さんがパソコンで機械彫りを!としきりに驚いていらした。判子一本の彫刻に30分かかっていたと伝えたところそれで採算取れるの?と言われた。直接言ってくだせぇ。
この見学を経て、今度からシルクスクリーン印刷に敬意を払おうと強く思った。あれ自動じゃなかったらほんとにすごい手間かかってるわー。なんでも実地でやってみるの大事だわー。いい機会だったわー。
つきやま公園
1時に風と地と木合同会社さんへの訪問を予約していたのでちょっと早いが現地に向かうことにした。建物を確認したところで手前にあった公園で小休止。
右手のやり場に困って歯が痛い人みたいになってるはねぴょんの遊具が居た。
風と地と木合同会社/Vilhelm Hertz アトリエ
こちらはデンマークデザインの杖の製造元での修行から輸入、最終的に国内製造までこぎつけた宮田さんの工場である。この場合の工場はこうばと呼ぶのが相応しいように思われる、何となく。
実に居心地のいい空間である。ここで宮田さんと対話しながら杖の調整のため体の各部の寸法を測ってもらうのだそうだ。
めちゃめちゃイカスデザインの杖である。ここで私は
そもそも日本でよく見る松葉杖、欧州では脇にある重要な神経や血管を痛めるということで既に主流ではない
という衝撃の事実を耳にした。で、出たー!なぜか日本にだけ遺ってしまっている科学を無視したダメローカル奴ー!
ロフストランド・クラッチの前身である前腕部支持型杖は1915年にフランス人のエミール・シュリックが考案し第一次世界大戦の負傷兵の間で普及、その後スウェーデンからアメリカに移住したアンダース・R・"ルディ"・ロフストランド・ジュニアにより上の写真のような形状に改良された。にもかかわらずアメリカでは日本と同じ脇を痛める松葉づえがスタンダードなのだそうだ。インドと仏教かよ。宮田さんは最初の仕事をやめてから旅したデンマークという国の持つ対話重視の国民性とそれによるもたらされる心理的安全性に惹かれ、再訪の際デンマーク国内に70ある様々なテーマを持つ国民学校のうち障害は人生を妨げるものではないということを体感するための学校に入学、そこで車いすユーザーのヘルパーを経験したことで新しい視座を得、同国で開催された身障者のための道具の国際展覧会でVilhelm Hertzデザインのロフストランド・クラッチに出会い弟子入り、半年の住み込み修行後日本での代理店を任されたとのことである。
ではこの優れたデザインはどのようにして起こったか。足に障害のあった婦人が建具屋であったVilhelm氏の工房にもともと金属でできていたロフストランド・クラッチを木で作ってくれと依頼した。作っているうちにデザイン・機能双方での改善点を見出したのであろう、金属加工職人も巻き込んでこの美しいデザインの杖が誕生したのだという。実際に持ってみたところ、持ち手は木でてのひらに優しく、前腕を預ける部分は革で使っているうちに体に沿ってくるだろうことが予測され、脚はカーボンでできていて思いのほかよくたわみ衝撃を吸収する。しかも見た目よりよほど軽く持ちやすく、当たり前だがあのピー松葉杖よりはるかに取り回しやすい。これは人に自慢したくなる佳い杖である。現在日本で製造しているのは接続部分が鉄でできているタイプで17万円。晩年の体を頼む品と思えば思いのほか安い。何より日本で流通している三本脚の杖が許しがたいほどダセェという話をしたところ、あれは手を離しても杖が倒れないようにという意図でデザインされたであろう日本独特のものだという。
で、出たー!(以下略)
悪の総統とかがよく持っているT字杖は、体を支えるというよりよろけたときにバランスを取る程度の機能しか備えていない。それが杖自身の自立のために三脚になっているからと言って体重を預けるような使い方をすると、手首やら肘らの関節を痛めるだろう。なので、
よろけるようになったら支点を増やすためにT字杖
体の痛みや機能不全などで歩きづらくなったら体重の40%を支えることができるロフストランド・クラッチ
それで間に合わなくなったら歩行器
その先に車いす
というルートが正しいのだそうだ。
松葉づえ、また医療用のロフストランド・クラッチを使っているとどうしても体を気遣われてしまうが、このVilhelm Hertzのロフストランド・クラッチはデザインが優れているので周りの人の印象が「補助具が必要な人」から「佳い補助具を使っている人」にシフトし使用者の気が楽になるのだという。これもまた心理的安全性の一といえよう。使用者にとって補助具は日常だが会う人にとってはそれが他者と異なることを顕示するスティグマのように見える。しかしデザインに優れた補助具はむしろトロフィーになりえるのかもしれないと思った。
体の恒常的な不具合はいつでもだれにでも起こりうることだ。不具合を認識した人に先回りして過分に気遣われるのが息苦しい場合もあろう。そも不具合のある人に対する態度全体に下駄をはかせるのは却って失礼に当たるのではないか。不具合の機能面を補う以外は他と変わらず接遇するのが適切なのではないか。そんなことを常々考えているのだが、そう間違っていなかったような気になった。
ちなみに国内産のロフストランド・クラッチの木部は非常に精密な仕事をする家具屋さんが端材で作っているそうだ。
珈琲までごちそうになってしまった。ほんとうにいごこちのよい工場であった。
※宮田さんに記事をご確認いただきおポンチな間違いを修正いたしました。おかげで更に佳い記事になりました。お時間とって下さって大変ありがとうございました!
松島商工
さて最後はミニチュア工作機械を展示しているという松島商工さんに参った。
まぁフルスクラッチなのは想定の範囲内だが、動くんである、これ。
変態だー!(褒めてる)
現地に行くと新しい出会いがあるものである。写真のピントが甘くて申し訳ないが、こちらは穴をあけたときにバリが出ないという地味にうれしいバリレスシリーズのドリルである。どういうしくみか聞いたところ、ドリルの先のサイズを少し大きくしてドリルを抜いたときにバリもこそげるようにしてあるそうだ。構想そのものは以前からあったが実用化に大分時間がかかったとか。それでも電算機で試算できるようになってから試作品の数がだいぶ減ったそうである。
動力を伝える歯車体感シリーズ。どんな速さで回しても一定の速さに変換する歯車、縦方向の動きを横方向に変換する歯車など歯車三昧である。楽しい。
穴の面取り体験のために創作されたアルミ板。先っちょがくねってる工具を角丸の穴の縁に当てて滑らせると一定に削れてあら不思議面取りができる。プラスドライバーの親玉のような工具を穴に入れて回転させるとこちらも縁が一定に削れてあら不思議面取りができる。穴や溝の無駄のない配置に職人の美学が伺える。
これが謎。どう謎かというと、何に使うかわかんなかったというのも謎だが、左下に開いている穴に六角レンチを差し込んで回すと、どの部品にも外形的な変化が起こらないのに緩んだりきっちりしまったりするのが謎。
何の引っ掛かりも凸も凹も螺子溝も螺子山もない。全くのフラット。なのにレンチ回すと締まってレンチ回すと緩むのである。この不可思議さ不可解さは実際に体感しないとわからんと思う。すごいふしぎ。仕組みは作った人しか知らないらしい。でも真っ二つに切断したら中の構造わかりますよね、と身もふたもないことを言ったところ、研究してる人ならそういうことをするかもしれませんが…、というようなことを柔らかく言われた。職人さん同士の敬意のようなものを覚えてなんだか美しいと思った。
というわけで本日の町工場巡りはこれにておしまい。来年も行こう。
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