即興厨房

大船市場で野菜を大量に買い込んでええ感じのお総菜を一週間分作ってはブログに記録する人です。器は骨董屋でこつこつ集めたぐい飲みやお猪口です。美術展、本、たまの旅行も記事にします。好きな動物はチー付与のどんぐりです。

「貴方のデバイスにハッカーがアクセスしています。詳細を今すぐ確認してください!」で味わう迷惑メール文学 または振り込め詐欺救済法によってどれほどの口座が凍結されいくら被害者に戻ったか

ある日私の所有している端末にメールが届いた。

タイトルは

「貴方のデバイスハッカーがアクセスしています。詳細を今すぐ確認してください!」

刺さる人には刺さり、本文を確認せずにはおれない類のメールである。

この類のメールについて仄聞はしていたが自分に届くとまた別の味わい深さがある。

折角の機会なので全文鑑賞してみることにした。

どうも、こんにちは。 まずは自己紹介をさせていただきますね。私はプロのプログラマーで、自由時間ではハッキングを専門にしております。

自己紹介から始める丁寧さは好感がもてる。一方でいきなり長文メールを送り付けるという踏み込みの深さに見合った馴れ馴れしい口調も絶妙である。この場合ハッキングではなくクラッキングが適切と思われるが、より人口に膾炙した表現を採用したのであろう。刺したい層をよく考えている。

今回残念なことに、貴方は私の次の被害者となり、貴方のオペレーティングシステムとデバイスに私はハッキングいたしました。

不安定なてにをははさておいて、四文目にして既にドラマティックである。メールを読んだだけなのに、私は既に事件に巻き込まれていたのである。私は既に被害者であったのである。まるで気づかぬうちに誘拐され殺害され解体され詰められた箱の中かから今まさに蓋を閉めようとしている快楽殺人者を虚ろな片目で見上げているような気分である。That's entertainment!

数ヶ月間、貴方を観察してきました。 端的に申し上げますと、貴方がお気に入りのアダルトサイトに訪問している間に、貴方のデバイスが私のウイルスに感染したのです。

快楽殺人にはストーカー行為がつきものである。定石を外さず手堅く話を進めてくる。いや殺されてないけど。

このような状況に疎い方もいらっしゃいますので、より細かく現状を説明いたします。

先ほどまでの慇懃無礼はどこへやら、ここで急に親切である。Have a break?

トロイの木馬により、貴方のデバイスへのフルアクセスとコントロールを私は獲得しています。 よって、貴方の画面にあるもの全てを閲覧、アクセスすることができ、カメラやマイクのON/OFFや、他の様々なことを貴方が知らない間に行うことが可能です。 その上、貴方のソーシャルネットワークやデバイス内の連絡先全てにもアクセスを行いました。

なんかよくわかんないけどすごいやつである。プロのプログラマーなのでたぶんすごいキーボードカチャカチャやってすごいことやったんだと思う。唯一残念なのはこれを受信した私の端末がガラケーということである。

なぜ今までウイルス対策ソフトが全く悪質なソフトウェアを検出しなかったんだろうとお考えではないかと思います。 実は、私のスパイウェアは特別なドライバを利用しており、頻繁に署名が書き換えられるため、貴方のウイルス対策ソフトでは捕らえられなかったのです。

なんだか知らんがすごい技術だ!

 画面の左側では貴方がご自分を楽しませている様子、そして右側ではその時に視聴されていたポルノ動画を表示するようなビデオクリップを作成いたしました。 マウスを数回クリックするだけで、あなたの連絡先やソーシャルメディアのお友達全員に転送することができます。 この動画を公開アクセスのオンラインプラットフォームにアップロードしたら貴方は驚くかもしれませんね。

 え、ええー…。ガラケーなのにぃ? 折り畳みでカメラレンズが背面にしかついてないやつなのにぃ? どぉやって撮影したのぉ?

朗報は、まだ抑止することができることです。 ただ 17万円 相当のビットコインを私のBTCウォレットに送金いただくだけで止められます(方法がわからない方は、オンライン検索すれば、段階ごとに方法を説明した記事が沢山見つけられるはずです)。 私のビットコインウォレット(BTC Wallet): xxxxxxxxxxx 貴方の入金が確認できるとすぐに、卑猥な動画はすぐに削除し今後私から2度と連絡がないことを約束します。

突然のビットコインによる解決金の提案。しかしこのメールを真に受けるタイプの人間がネットの情報だけでビットコイン取引口座の開設手続きを完遂できるのか。情弱のITリテラシーを信頼しすぎではないか。なお、この記事を書いている2021年5月28日時点で1ビットコインは日本円で4,160,153.33であり、送信者の求める17万円は0.041ビットコインである。ご参考まで。

この支払いを完了させるために48時間(きっちり2日間)の猶予がございます。 このメールを開くと既読通知は自動的に私に送られるため、その時点でタイマーは自動的にカウントを開始します。 私のメールに返信しようとしないでください。(送り主のメールアドレスは自動的に作られ、ネット上で拾ったものですので)何も変わりません。 どこかに苦情を送ったり、通報したりしないでください。私の個人情報や私のビットコインアドレスはブロックチェーンシステムの1部として暗号化されています。 色々と私の方でもヘマしないように調べてあります。 このメールを誰かに転送しようとしていることが分かると、すぐに貴方の卑猥な動画を公開させます。

突然のビットコインへの転回の不自然さを取り繕おうとしているのか、それとも最初から無理を承知で書いていたが耐えられなくなったのか、途中までの「ハッカー」感が保ちきれなくなっている。この一連の「しないでください」から読み取れるのは、すぐばれる嘘だから調べないでね! という送信者の悲し気なお願いである。

合理的に考えて、バカな真似はこれ以上しないでください。

 残念だがその言葉は送信者にそのままお返ししよう。なかなか読ませる文章なので、送信者には迷惑メールの案文を考えるよりまともなテキストサイト(※インターネット老人会的表現)を運営することをお勧めしたい。

 わかりやすい説明を段階を踏んでお伝えをしたつもりです。今貴方がすべきことは私の指示に従って、この不快な状況を取り除くことです。 ありがとうございます。幸運を祈ります。

 丁寧とわかりやすいの違いをこれほど理解させてくれる文章はないだろう。また送信者のいう不快な状況とは、おそらく受信者がこのメールに従わずビットコインが振り込まれない状況を指すのだ。私はこの文章を書いた君の幸運をこそ祈ろう。闇金ウシジマくんの愛読者なので。

 

従前この手の不当請求メールは銀行の振込口座を入金先に指定してきた。しかし振り込め詐欺救済法の制定により、問題口座の凍結がたぶん多少は迅速になされるようになり、多少は不当請求ビジネスがやりにくくなったのではないか。その結果、入金の見込みは少ないが匿名性が高く一度開設すれば閉鎖される恐れのない暗号資産口座が採用されたのではないか。あくまで推測に過ぎないが。

 

迷惑メールは、刺さる人にとっては脅威でしかなく、そうでない人にとっては芥のようなものであるが、その後ろにいる書き手に思いを馳せながら読んでみるとまた違った味わいが出てくるものである。これからも琴線に触れる迷惑メールが届いたらこうやって味わってみたいと思う。

 

なお、不当請求で銀行口座に振り込んでしまった場合の具体的な手続きや考え方が非常に詳しく書いてあるサイトはこちらである。

「振り込め詐欺」に遭い、お金を振り込んでしまいました。どうすればよいでしょうか。|法テラス

要約すると、「居住地警察と振込先の銀行に連絡して対応を待つ」ということになる。まずは地元警察に電話で状況を伝えてほしい。銀行には、銀行名と振り込め詐欺をキーワードとして検索すると各銀行における手続きページが出てくるので参照の上連絡してほしい。

 

こちらは預金保険機構による振り込め詐欺救済法に基づく公告に関する資料である。

https://www.dic.go.jp/content/000028935.pdf

振り込め詐欺救済法では、銀行が犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があった場合、口座名義人に預金など債権の消滅の連絡を行い、60日間連絡がない場合失権の手続きを行う。令和2年度の状況は下の引用のとおりである。

  • 犯罪利用の疑いのある預金口座数と債券金額

令和2年度に機構が実施した預金等債権消滅手続開始公告は、公告回数24回(令和元年度24回)、口座数21,042件(同20,509件)、預金等債権の額1,708百万円(同1,148百万円)となっています。失権した口座については、次の手続として当該預金口座等の権利が失権したことを明らかにするため預金等債権消滅公告が行われ、その後、下記 の預金口座等に残った債権を分配するための手続に移行します。

  •  うち口座に残っていたのが1000円未満で機構に納付されることとなった債権額

他方、債権消滅公告に掲載された債権額が千円未満の口座については、被害者へ分配金の支払が行われない旨の公告がなされ(法第8条第3項)、機構に納付されます(法第19条)。令和2年度に機構が実施した被害者へ分配金の支払が行われない旨の公告(千円未満の口座)は、公告回数24回(令和元年度24回)、口座数11,412件(同13,522件)、債権額は5百万円(同6百万円)となっています。

  •  返金手続きがなされた口座数と金額

令和2年度に機構が実施した被害回復分配金支払手続開始公告は、公告回数24回(令和元年度24回)、口座数8,322件(同6,822件)債権額1,407百万円(同972百万円)となっています。

  • うち実際に被害者の手元に戻った金額

被害回復分配金の被害者への支払率「被害回復分配金の支払手続が終了した旨の公告」において、消滅預金等債権の総額1,241百万円に対し、被害者への支払総額は1,097百万円であり、支払率は88.4%となりました。 

 

総論すると、

口座にはあんまりお金残ってないけど10億くらいは被害者に戻ってる

ということになる。

 

イジョー。