長崎に岩永梅寿軒という和菓子屋さんがある。
そちらで扱っている長崎カステラ、オンラインショップでは2~4か月待ちという人気商品だが、幸い店頭で購入する機会を得た。
またこのとき、看板商品「寒菊」のかけら「小菊」と、「もしほ草」を購入したので、記事にしたいと思う。
では、長崎カステラから。
切り方があまり上手ではないのはご容赦。
まずは田の字に切って、天井の方を一切れ口に入れてみた。
おや、と思うくらい甘さが控えめである。なんというか、一口でわかる瞬発力のある美味さはないと早合点した。
(昔ながらの製法故の、なんというか、更新されない滋味か)
今度は底の、ざらめがついている方を頂く。
あっ。
これか。
常のカステラは、ざらめなしの生地だけでも美味いように、濃く仕立てている。
カステラに期待されるうまさをざらめなしの一口目でも堪能しつくせるような、ちょっとくどいようなうまさ。柔らかい空気を含んだ直方体を口腔に運び、咀嚼したとたん、嗚呼、自分は今確かにカステラを食っている、子どもの頃からの大切なご馳走を食っている、そんな気持ちになれる、そういう美味さをめがけて、甘くて濃厚な味わいに仕立てている。
そうなると、ざらめが強い。
濃い口の栄養に、砂糖の結晶は、ありがたく素晴らしいこれ以上ないほどのご馳走であるが、言ってみれば盆と正月がいっぺんに来たようなもので、大抵の場合過剰を免れない。私は行儀のよい子どもではなかったが、それでも、あれほど食べたかったカステラであっても、底のザラメをがりがりかじった後は、二切れでもう十分という気持ちになったものだ。
これは、違う。
生地のゆかしさは、ざらめと共に頂いて俄然飛躍する。
いったいどう表現すればいいのだろうか、生地そのものは本当に奥ゆかしいのだ。良質な材料を使っており、焼き色も美しく、しっとりしていることはわかるが、味わいはどうにも控えめで、このカステラが何故それほど高名なのかと疑問を覚えるほどなのだ。それがざらめとあわせ口に含んだ途端、それまでは慎ましかった生地がまるでカラメルのような香気を帯び、突然味わいに奥行きが出る。卵と砂糖と小麦粉と水あめのみで作っているとは思えないような、重層的なこくと香りが立ち上がる。驚くべきことである。
このカステラは、どうか縦に細長く切って召し上がってほしい。必ず底のざらめと一緒に一口で食べてほしい。一度くらいはざらめのありがたさを知るためにざらめ抜きの生地だけを食べたっていいだろう。しかしそれではどうにも物足りない。そうしてたぶん、ざらめを底面とした細長い直方体として食べるとき、味わいの均衡が最も良くなるのである。
そうして恐ろしいことに、このカステラはざらめと食べて丁度良すぎるので、何切れ食べても余地があって満たされることがない、非常に困ったおやつなのである。
次はもしほ草。
こちらはみんな大好き求肥に昆布を練り込み砂糖をまぶしたものである。
その昔海藻に海水をまぶし焼いて塩を作っていたことから着想した菓子であるとのこと。
こちら、甘みが非常に上質でよろしい。求肥は何とも柔らかく、そして甘さが、実にこう、ちょうどいい、物足りなくもなく、くどくもない、じつにぴたりと丁度良い塩梅なのだ。
昆布はどこか。
口に含んで咀嚼して飲み込む間際か飲み込んだ後に、遠くから微かに昆布の香りが漂ってくる。もうそれは正直な昆布の香りで、あの酢昆布と同じである。
小箱ではあるが、おそらく20切れくらいみっしり入っているので、貴いばら撒き土産としてもよいのではないか。
最後に、小菊。
岩永梅寿軒は、長崎の寺町通の近くにある小体な店であるが、奥の壁に
寒菊
と彫られた大きな額がかかっている。
文字通り看板である。
店の人に、こちらの看板の寒菊という品は買えますか、と聞くと、寒菊の端切れ(といったかは覚えていない、まぁそんなような表現だった)から作った小菊がありますというようなことを言われ、買った。
見た目は大変地味である。
何かの生地を焼いて砂糖蜜をかけたものと簡単に推察される。
一口頂いた。
や、うまい。
砂糖は生姜風味である。その生姜の塩梅がちょうどいい。
しかし、生地の正体がわからない。
非常に軽やかで、カリカリしている。生地は確かに存在するのである。
しかし、存在するのに、なんというか、味がない。
味気ないというのではない。
生地に主張がなく、蜜を全く邪魔しないのだ。
まるで蜜の純粋を味わわせるためだけに、生地そのものの持つ味わいを極力排除しているようだ。
これは一体何だろうと製法を確認して合点した。
そして同時に恐ろしくなった。
サイトの「寒菊ができるまで」には、餅を1~2か月寒風に晒し乾燥させ、冷温庫に入れ一年ほど休ませた後、作る都度オーブンで焼き上げたものに複数回蜜をかけ、乾燥させて作り上げると書かれている。
そこまでして。
そこまでして、この軽やかで透明な歯ごたえを突き詰めていたのか。
岩永梅寿軒の和菓子、どれも好きだが、一等好きなのはこの小菊である。
しかしこちらも、くどさがどこにも見当たらないせいで、もうひとかけら、もうひとかけらと切りがなくなってしまうのが大変な困りものなのだ。