2026年2月に愛知県犬山市にある明治村に行ってきたので備忘のため記録する。
この記事でわかること
- 帝国ホテル中央玄関は美は細部に宿るを体感できる執念の集大成のような建物であった。解体前は敷居が高くてのびのび写真を撮りまわるなぞ出来なかったろうから移築に感謝。
- ガイドツアーに参加すると拝観できる西園寺公望別邸「坐魚荘」は品位ある金持ちの正しい金の使い方の事例としてサイコー。
- 明治村でいただいたごはんは大変美味しかった。
明治村とは
明治時代、日本の木造建築の伝統に欧米の様式・技術・材料が導入された結果、独特のモダンな建造物が多く建築された。しかし震災や戦災、高度成長をはじめとした都市の代謝により建造物は取り壊しを余儀なくされていく。見かねた博物館明治村初代館長谷口吉郎博士と元名古屋鉄道株式会社会長川元夫氏が、貴重なる建造物を後代に引き継がんと創設したのが明治村である。(公式サイト、村内説明板より要約)
1965年の開村当初は15件のみであった施設も現在は67件、うち11件が国の重要文化財、1件が愛知県の有形文化財、歴史資料では、2件が国の重要文化財である。広い敷地内に多くの建造物があるため、一日で見て回るのは割と難儀である。
入村料
大人一人2500円である。3月31日までは60周年ということでJRのスマートEXから1500円のチケットを購入できる。
あとは明治村 時間旅行きっぷという「名鉄電車全線・岐阜バス(犬山駅東口 ⇔ 明治村間)の1DAYフリーきっぷ」と「明治村入村券」がセットになったおトクなきっぷがあるようだ。損得の程度については未検証。
開村時間
季節により変動するので公式サイトを参照してほしい。最も開園時間が長いのは4月ー7月、9月・10月で9:30 ~ 17:00、逆に12月ー2月は10:00ー16:00と最も短い。
アクセス
名古屋駅からは電車バス乗り継ぎだと1時間弱、バス直通だと1時間強である。電車だと犬山駅で乗り換えなので駅のコンビニで犬山駅の名物などを購入出来て楽しい。
帰りのバスは閑散期平日閉園直前でほぼ全員が座ることができた。次のモンキーパークで鬼のように混む。立っているのが辛い人はやや早めにバス停で待っていた方がよろしい。
ぐっと来た建造物
そもそも61件回れていないのでぐっと来たのをピックアップしてお送りする。
帝国ホテル中央玄関

明治村なのにいきなり大正12年の建物の紹介となってしまうが、フランク・ロイド・ライト設計による帝国ホテル玄関から。

大正12年建築、東京都千代田区内幸町より移築。
彫刻した大谷石とテラコッタとスクラッチタイルによる幾何学的に精緻な装飾。














解体が決まったときに一度でも見に行っておればよかったかもしれない。しかしやはり如何せん敷居が高い。こうして移築保存してくださった明治村に心から感謝する。
詳細については私のような素人が語るところはないので公式サイトをご参照いただきたい。
お食事処
グリル浪漫亭
お昼は帝国ホテル中央玄関を少し下がったところにあるグリル浪漫亭で頂いた。明治のカレーとオムライスで迷っていたところ、オムライスに明治のカレーをかけることができるとの御指南を頂きそれにする。

カレーオムライス1,350円。玉ねぎをはじめとした野菜類をゆっくりと溶かし込んだカレーのベースは甘い。そこに標準的な配合のカレー粉があわせてある。つけあわせはハッシュポテトといんげん。オムライスはトロトロ、中身はチキンライス。とても美味しい。
ぐっと来た建物
前橋監獄雑居房

明治21年建築、群馬県前橋市より移築。


衛生のためとはいえすごく寒そうで悪いことしちゃいかんなという気持ちになる。


躙り口並みの小ささである。

多分配膳用。

多分こちらも配膳用。
金沢監獄正門

明治40年建築、石川県金沢市小立野市より移築。
金沢監獄中央看守所・監房

明治40年建築、石川県金沢市小立野より移築。

移築された監房は一棟のみだが

石川県立図書館のSHOSHOにあった配置図からは、中央監視所から5棟展開していたことがわかる。配置図は明治村の解説板にも記載されていたが、写真がよろしくなかったのでおおもとを探した。

実際に移築しているのは左手前の房のみだが、写真を使って往時の中央監視システムを上手に再現している。

お手紙を書くところ。

第五舎へと続く道。

これを刑務所らしい陰鬱さと形容するのは余りに安易に思われる。





西園寺公望別邸「坐魚荘」
大正9年建築、静岡県清水市興津清見寺町から移築。
こちらの坐魚荘はガイドツアーに参加すると上がることができる。


こういう破風の重なりは大変美しいと思うのだ。あ、アンテナ~! という気持ちにはなるが致し方あるまい。

最初の二文字は郵便のもよう。

西園寺氏は竹がお好きだったそうで

あかりとりの装飾に竹の真ん中の部分を薄く削いだものを使ったりしたそうだ。

裏から見るとまた興が異なって美しい。

応接室は洋間である。

応接室には扁額が掛かっている。

洋室から和室への出入り口の美しさよ。

左手の曲竹のすさまじさを見てほしい。

一人で入浴する方だったので浴槽は小さい。しかし人に背中を流してもらうため洗い場は広い。

天井は滴が垂れて来ないよう傾斜している。そして竹。

風呂から上がったところには滑り止めが彫り込んである。

他所で仕上げた料理を温め直すだけだったので台所は簡素。
第四高等学校物理化学教室

明治23年建築、石川県金沢市千石町より移築。


物理学の講義室の裏には実験の用意室があり、講師は黒板を上げて用意された実験道具を受け取った。

物理学用意室から見るとこんな感じ。

化学の講義室黒板の裏にも実験の準備をするための用意室が設けられている。

化学講義室用意室には有毒ガスを含む空気を逃がすためのドラフトチャンバーが設けられている。煙突のようなものだ。
西郷従道邸

明治13年建設、東京都目黒区上目黒より移築。

明治維新の勝ち組の接客用洋館である。



食べ歩き
「食道楽のコロッケー」の店
いかほどのものかと買い求めたはいいが胃袋の容量の関係で翌朝の朝食となった挽肉のコロッケーと芋のコロッケー。


いかほどのものであったか。
めちゃめちゃうまい。
侮っておった。挽肉のコロッケーは確かにメンチであるが昨今の鹹味と脂と肉肉しさに全振りした味わいではなくどこかベースが甘くまろやかである。芋は滑らかにマッシュしたものと芋の食感を残した塊が相まってこれもまた非常に美味しい。冷めた翌日という悪条件をものともしない衣のカリカリ具合と脂じみていない美味さに興奮した私はレシピを探したが青空文庫にはメンチコロッケーのレシピのある冬の巻はあれど「コロッケー」のレシピの記載されている夏の巻がない。勢いあまってメルカリで全巻の復刻版を購入し確認したが残念ながら夏の巻にも芋のコロッケーのレシピはなくなぜか米のコロッケーやら脳みそのコロッケーやらのレシピしかないのであった。どっから来たんだ君は。
というわけで挽肉のコロッケーのレシピを青空文庫から。
第百十 挽肉のコロッケー はラン(註:おそらくラム)の肉を半斤ほどそのままバターでよくいためます。それから肉挽器械にくひききかいでよく挽いておきます。今のフライパンへバターを少し加えて細かく刻んだ玉葱たまねぎ一つとメリケン粉大匙一杯とを入れてよく黒くなるまでいためてスープを一合注さします。これにも壜詰びんづめのトマトソースを大匙一杯加えるとなお美味おいしくなります。その中へ前の肉を入れて弱い火で三十分間煮ると段々水を引いてドロドロになりますからそこへ玉子の黄身一つを入れてよく掻き混ぜて冷まします。冷めたらば手で八つ位に細長く丸めて例の通りメリケン粉をつけて玉子の黄身をつけてパン粉へくるんでコロッケーにフライします。(青空文庫 村井弦斎 食道楽 冬の巻)より引用
ほのかな甘さはトマトソースとバターによるものか?
いずれにしても美味い物なので召し上がるとよろしい。1つ350円。
メンテナンスの必要そうな建物が随所にみられたが本当に移築に感謝するしかない建物群である。三鷹の江戸東京たてもの園と並び、古い建物を体感したい方は足を運ぶことを強くお勧めする次第。