即興厨房

料理をするオタクです。

【2024年10月13日~10月18日 伊勢旅行最終日】スマックゴールド、あそらの茶屋、白餅黒餅、三重県総合博物館、御師、宣長飴、特急火の鳥

伊勢旅行六日目、10月18日、金曜日。

スマックゴールド

朝一にヤクルトとカルピスをあわせあっさり薄めて炭酸を仕込んだような味わいのご当地飲料スマックゴールドを頂いた。

いつものように服やらカメラの充電器やら日持ちする土産やら(太閤出世餅など)はキャリーオンバッグに詰めて宿から送ってもらう手配をする。キャリーバッグには日持ちのしないものや冷凍の物を詰めて帰るのである。宿代を清算したら3万1750円であった。なんかもう…ありがとう。

あそらの茶屋

朝食はあそらの茶屋で頂いた。

あそらの茶屋 蒸し鮑の朝かゆ

そういえば伊勢に来ておきながら鮑を頂いていなかったことに気づき蒸し鮑の朝かゆを頂く。2500円。外宮近くでこういう品を出す店は繁盛するだろうという感じの店構えと味わい。御饌にも使われるこの形の箸置きの使い心地はどんなもんか試したかったので丁度良かった。

あそらの茶屋は大変繁盛しているので朝食営業時間の7時半~10時でも遅くなると品切れじまいのことがある。受付は7時10分からなので早めに行って受付機に登録して待つか事前に電話予約しておくとよいだろう。ただ土日祝日は予約を受け付けていないのでがんばれ。

asoranochaya.com

赤福の白餅黒餅

母が赤福を食べたそうにしていたので関東ではまず手に入らない白餅黒餅を伊勢市駅で買い求めた。

赤福 白餅黒餅

赤福 白餅黒餅

ぴよりんチャレンジ程ではないが気を使う。まぁまぁいい感じに運搬できた。白餅と黒餅を一つずつ頂いてみたところ黒餅は黒糖のこくが強く白餅はあっさりしているような印象がある。ただ赤福と並べて頂いたわけではないから印象に過ぎない。

若草堂

明るい時間に改めて若草堂を見たらすごい。もはやタイムカプセルのようなものなのでこのまま耐震基準などに負けずに営業を続けてほしい(ダメだろ)。

三重県総合博物館

さて本日の予定は三重県総合博物館である。その土地の下調べという意味では初日に行きたかったのだが鳥羽水族館のバックヤードツアーの都合で最終日になった。しかし最終日になったらなったで旅の途中で抱いた疑問を確認できるからそれもまたよし。

三重県総合博物館 刀剣 三重の刀とその刀工

なんということでしょう、博物館の後は名古屋のデパートでも見物しようという予定を吹き飛ばす企画展が!

こちらの博物館で一番面白かったのは御師についての解説であった。

伊勢の御師

伊勢神宮のサイトには伊勢の御師についてこのように書かれている。

御師は様々な願い事を神様に取り次ぐことを職務とし、仏教寺院の師檀関係にならって全国に担当の地区を設け、檀家を持ちました。毎年檀家に赴いてはお神札の頒布と祈祷を行い、檀家がお伊勢参りに来た際には、自らの邸内に宿泊させて両宮の参拝案内をし御神楽を行いました。

www.isejingu.or.jp

一方で矢野憲一の『知られざる杜のうち 伊勢神宮』にはこのような記載がある。

御師が「内宮と外宮にお参りなさるには、たくさんのお賽銭がいるから銅銭一文で十枚に換えましょう」と交換させる。(矢野憲一伊勢神宮 知られざる杜のうち』166頁)

この銅銭とはお賽銭につかう「宮銭」の鳩目銭であるが

神宮では使えない金を賽銭にされても困る。しかし銭屋へ持っていくと今度は十五枚を一文に交換でき、恩師は差額をちゃっかり儲けたのである。(矢野憲一伊勢神宮 知られざる杜のうち』166頁)

どう読んでも私製貨幣である。そしてなかなかの銭ゲバ

現在の神宮の収入の約半分は、全国に頒布されている大麻で、残りの半分が神楽殿での御祈祷の神楽と御饌、その他である。お賽銭はそんなにはないが、その全てを恩師が握っていたのである。賽銭ですら御師の手代が賽銭箱を担いで摂社、末社の社頭に置いて「ここへ入れてください。拙者らがまた集めに来ます」と全部持っていく。

神社に寄進したつもりのお賽銭が恩師の懐に入っているとは参詣者も思っていなかったろう。どころか

ところで山田側(外宮)の御師の檀家は皇大神宮大麻が欲しい。そこで「豊受皇大神宮というお札を出す。(矢野憲一伊勢神宮 知られざる杜のうち』162頁)

更にどう読んでも大麻の私製まで行っている。怖くないんか。

では結局御師とはどういう存在だったのか。だんだんはっきりしなくなったので検索してみたところ皇學館大学レポジトリに『明治時代の伊勢神宮』という論文を見つけた。こちらには以下のような記述がある。

伊勢神宮の所在地である宇治山田の地域には、明治維新以前、御師と呼ばれる人々がいた。彼らは、上は禁裏・公卿・将軍から下は武士・庶民に至るまで全国に檀家を持ち、各地に出かけて御祓大麻を頒布したり、檀家が参宮に来ると彼らを自宅に宿泊させ、そこで神楽をあげたりすることを仕事としていた。しかし、それは神宮の正式の神官ではなかった。
というのは、古来神宮では、天皇以外の者が個人的に幣吊を奉り、祈祷を行うことは禁止されていたからである。
しかし、中世以降、武士の台頭によって神領が衰えると、経済的理由から御師が発生し、発展した。そして、庶民の神宮に対する信仰を盛んにしたのである。
(中略)
宇治山田という地域全体から眺めると、神宮本来の国家祭祀は、 御師の行う個人的な祈祷の中に埋もれてしまっていたというのが近世の状況であった。
この状態も明治政府は祭政一致の原則にふさわしくないものであるとして、明治四年七月十二日に、御師を廃止し、彼らによる神宮御祓大麻の頒布を禁止した。 しかし、神宮御祓大麻の頒布や、庶民の個人的な祈祷を認めることによって、国民の神宮に対する信仰が維持されているという側面を否定することはできなかった。 そこで、神宮を運営する役所として明治四年七月二四日に設置された神宮司庁が、明治五年六月から神宮御祓大麻を地方政府に送って、 そこから国民に頒布することになった。 また、同年七月、内宮に、明治八年十二月、外宮に、それぞれ祈祷所が設置された。この両祈祷所は、 ともに明治二四年二月に神楽殿と改称されて今日に至っている。(新田均『明治時代の伊勢神宮』69~70頁)

これは御師の説明としては中立的で相当わかりやすい。

では三重県総合博物館ではどのように展示されていたか。

御師とは伊勢参宮の立役者

権禰宜とつながりのある地域に密着した自治組織の有力者であり伊勢参宮の立役者とされているぅ!(しかし実のところ権禰宜禰宜より下位の神職である)

三重県総合博物館 御師屋敷神楽膳

御師ルートで参拝した際の御師の屋敷で出た食事の豪華さをアピール!

御師屋敷の神楽膳と旅籠の食事

御師屋敷の神楽膳と旅籠の食事の比較ドーン!

参宮の願いに応えるおもてなし

「参宮の願いに応えるおもてなし」とかええように書いてますけど太々神楽も勝手祈祷ですからね。

最大級の御師屋敷外宮御師三日太夫次郎の屋敷

楽殿での勝手神事の様子

参列者はこれが正式な神職でない御師が行っていたものだと知っていたのだろうか。

御師屋敷台所

それはそれとて台所は楽しい。

御師ルートでの旅行申し込みシミュレーションマッシーンがあり、どの地方からくるか、迎えはどこまでにするか、移動に乗り物を使うか、オプション旅行(二見浦等)をつけるか、土産を何にするかで旅行費用がいくらくらいになるかを試算できたりする。

これらを総合すると

・もともと皇大神宮天皇専門で個人の奉幣は一切受け付けていなかった。

・しかし皇大神宮は人気があったので正式な神職でない御師が地方を営業して天皇以外のあらゆる層をターゲットとして大麻を配布していた。

御師の提供する御神楽は送迎宿泊食事土産まで全部セットになっているパック旅行のはしりである。

・しかしその御神楽は正式な神職でない御師が行うもので賽銭も全部御師の懐に納まっていた。

・どころか伊勢神宮の摂社末社にも私製の賽銭箱を据えて全て懐に。

・おまけにその賽銭まで私製通貨に両替して差益を懐に。

うぬぅ、そらぁあれだけの屋敷を持ち権勢を誇るわけである。流石に大麻だけは皇大神宮が発行したものを頒布していたようだが、それ以外はなかなかのダークよのう。

で。

皇大神宮禰宜という立場上批評的にならざるをえない矢野憲一、学問的立場から一応の中立を務める皇學館、ビジネス重視であえて御師のダークサイドを外してその商業的功績のみを展示している三重県総合博物館(鳩銭の展示すらない)、それぞれの論とその差分が面白い。旅の醍醐味ってなぁこうじゃなくちゃね!

ややこしい話が長くなったのでここで癒し系を。

オオサンショウウオのさんちゃん

オオサンショウウオのさんちゃん

京都水族館に行かないとお目にかかれないと思っていたオオサンショウウオだ!わーい!いや鳥羽水族館でも見たはずなんですが視認できなかったもんで…。

伊賀地方の日常食

伊賀地方の日常食

聞書き 三重の食事で読んだ茶粥ってこういうのかーとか

伊勢商人

江戸の木綿取引を取り仕切った伊勢商人

江戸の木綿は伊勢から来たのか―とか

最古の帳簿

現存する最古の会計帳簿を作ったのは伊勢商人であるとか。

ここでは省いたが自然科学系の展示も充実していた。ミエゾウ君とか。刀剣特別展も楽しんだが既に記事が十分に長いので省略する。

ミュージアムショップ

物販はかなり力が入っている。お土産というより「この展示を見て触発されて野に出て昆虫採集をしてくれ!」と言わんばかりにガチの虫取り網や野鳥の会の長靴が販売されており学芸員さんの野望を感じとることができた。こういうの大好き。

こちらでは本居宣長が発案した「小児用飴薬」をもとに調整した宣長飴を売っていた。面白いので土産に買った。想定以上に美味かった。

www.bunka.pref.mie.lg.jp

伊勢の魚肉練り製品

お昼はさんちゃんの前でぎゅーとらで買った魚肉練り製品を頂いた。

ひら天 はんぺい

ひら天とさつま揚げの違いはよくわからなかったが、はんぺいは頗る旨かった。はんぺんのように気泡を含みふわふわしていない、なめらかで上質なすり身であるがかまぼこほど弾力がくどくない。これはうまいものである。ひら天88円、はんぺい200円。これで足りるから小食は恐ろしい。ひら天はベイクドモチョモチョのように地方によって名の変わる「楕円に形作り油で揚げた魚肉練り製品」の一つなのであろう。

特急火の鳥

特急火の鳥

津駅から名古屋まで折よく特急火の鳥に乗ることができた。音に聞くバックシェルの座り心地は非常によく、乗車時間が短いのが残念であった。

名古屋駅新幹線ホーム住よし

名古屋から新幹線に乗るとなったら住よしのきしめんと相場が決まっている。

住よし きしめん

しかしながら今回ばかりは、あのくたりとした伊勢うどんが懐かしく思われたのだった。