即興厨房

行き当たりばったりの買い物から週に一度一週間分のお惣菜をひねり出す工程の記録。下の息子が戻ってきたので二人暮らし調整中。

創作お題スロットで幻想譚を書いてみた

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羊保険

 元日の夜に千の羊の絵を枕の下に敷いて千の羊の夢を見ると宝くじが当たると聞いた。それで私も千の羊の絵を買いに行くことにした。絵は元は闇市だった小さな商店街に年に三日だけ出る店で扱っているという。しかしその三日がいつだかはわからない。雑事ばかり知っている妻に試しに尋ねてみると、「あなたそんなのは都市伝説よ。そんな版画屋の話なんて聞いたことないわよ。そもそも羊と宝くじに何のかかわりがあるっていうの」などと面白くないことを言う。私は「じゃあもしもその店が見つかったら宝くじは当たるということだな」と、今思えばよくわからない啖呵を切って家を飛び出した。
 どうしてあんなに腹が立ったのか。たぶん私はあといくらかのお金を得て妻と幸せになりたかったのだ。その柔らかい希望を否定されたような気になってついあんな口を利いたのだ。こうなったからには何が何でも店を見つけてやろう。そう思って私は商店街に急いだ。
 商店街の誰かに聞けば店の出る日の見当がつくだろう。そんな粗雑な考えのもと、まず私は矢鱈に長い稲荷ずしの店に聞いてみた。そんな店のことは聞いたことがないといわれた。次に私は知らぬ甲殻類ばかりの佃煮屋に聞いてみた。そんな店のことは聞いたことがないといわれた。次に私はいくら目を凝らしても模様を判別できない雛道具の店に聞いてみた。「今日が丁度その日だよ。三日間の真ん中の日だよ」と店主が言った。「その店はどこに出ているのですか」「あすこだよ。うちの店頭のショウケースの中だよ。小さい屋台があるだろう。あの屋台で千の羊の絵を売っているよ」驚いて私は裏からショウケースを覗き込んだ。身の丈三寸ほどの頬かむりをした男が昔のそば売りのような担ぎ屋台の間に座っている。背中から声をかけた。「千の羊の絵を買いに来ました」「羊の版画はいくつかあるよ。羊一から億まであるよ。羊いくつがいいんだい」「羊の数で利益は変わるものですか」「利益よりも目の良さが肝心だ。羊は枕の主が眠ると絵から抜け出て右の耳から入って左の耳から出ていく。数えた分だけ宝くじが当たる。無理せず少ない数にしておきなさい」私は百は少なすぎると思ったので初心通り千の羊を見せてもらうことにした。三寸の男が売る絵は短辺が一寸ほどで、そこに刷られた千の羊は粟粒ほどに小さかった。「この羊はこの大きさで出てくるのですか」「そういうものだ」「これよりも数の多い羊の絵があるのですか」「腕のよい彫師と刷師の仕事になるからね、そりゃあ高いよ」羊が小さすぎてはやはり勘定できないだろうと思い私は結局百の羊の絵を買うことにした。丁度切手くらいの大きさの紙片をごく小さな封筒に入れてもらって、雛道具屋に両替してもらった小さな紙幣で普通の版画くらいの値段を払って、私はなんだかよくわからない買い物をした気持ちになった。これを妻が見たらなんというだろう。
 妻は最初大層喜んだ。しかしその後ひどく困惑した顔になった。内心を尋ねたところ、絵が大変かわいいので夢を見終わったら額装して自分が持っているドールハウスの壁に飾ってやろうと思ったのだという。しかしこんなに小さいと枕の下に敷いているうちにしわになったり無くなってしまうのではないかと急に不安になったという。
 「こういうよくわからない買い物に文句はないのかい」
 それはいつものことですものと妻は言った。
 つつがなく正月を迎え、その晩になって、自分は予定通り百の羊の絵を枕の下に敷いて眠ることにした。妻が絵を紙挟みにとじてくれたのでなくす心配は少なくなった。寝つきはよくない方だがこの日ばかりは眠れないと困るのでお屠蘇を追加でやっつけて横になった。三寸の男が言ったとおり果たして夢に羊が現れた。絵から想像していたよりは大きいが、マメコガネ程度の大きさなのでどうしたって注意が必要だ。羊は足元に右手の方からやってきて左手の方に抜けていく。自分はアリを焼く子どものようにしゃがみこんで勘定する。どうしてうまくいったのかわからないが、順調に九十九まで来た。ところが九十九匹目が終わらない。終わらないとはどういうことか。胴体が長く伸びてどうしても終わらないのである。九十九匹目の羊の頭部は大分前にずっと左手に行って見えなくなってしまった。そこから羊の胴が足元を過ぎて右手に伸びている。いつ終わるかと目を凝らしても末が見えない。
 (何かとてつもなく奇妙なことが起こっている」
 私は夢の中で焦燥した。九十九匹目が終わらねば百匹目がやってこない。やってこなければ勘定できず、勘定できなければ宝くじは当たらないのではないか。早くこの長い胴が尽きないものか。しかし胴は尽きない。しびれを切らして私は右手に歩き出した。羊の終わりを少しでも早く見て次の羊を数えたかったのだ。しかし胴は非常に長く、とうとう私は九十九匹目を数え終わらずに目を覚ましてしまった。
 「あ」
 妻と目が合った。
 「眠らなかったのか」
 妻は、どうしても羊が私の耳にもぐりこむところを見たくて、寝たふりをしたあと身を起こしたという。羊が枕の下から出ては私の耳に入るところをずっと眺めていたが、そのふわふわをつい確かめたくなって、「たぶんそろそろ百が終わるころだろうと思って」枕の下から出てきたばかりの一匹の羊のお尻を戯れに軽くつまんだのだという。
 羊は構わず私の耳に入っていった。妻の指先に尻を残したままで。
 私は変な顔になった。そうして耳を触った。右の耳からふわふわしたものが伸びている。驚いてつい左の耳にも手をやった。そちらからもふわふわしたものが伸びている。鏡を見た。羊だった。長い長い羊が、左の耳から頭を、右の耳から尻を垂らしていた。
 「どうしたものか。どうしたものかねこれは。他の人には見えるのだろうか。聞こえには障りがないようだがこれはいったい実体だろうか。羊は生きているのだろうかそれとも死んでいるのだろうか。目が覚めてしまったからにはもう百匹目にたどり着けないのだろうか」
 妻は困惑して黙っていた。元より妻に回答を求めたわけではない。ただ思いついたことを片端から口にしただけだった。
 結論から言うとこれは聴覚に障りのないあやふやなものでしかし他の人には見え触れるようだった。しかし折から似たような外観のイヤホンが流行っていたのでそれであるような顔をしていればやり過ごすことができないわけではなかった。会社には事情を話した。千の羊の絵のことを知っていたらしい上司にはどこで買ったのかをひっそりと聞かれたのでもったいぶって教えてやった。
 宝くじはどうなったか。
 年明け前に妻と私とで宝くじを百枚買っていたのだが、うち十数枚が当たっており、当選金の合計が丁度九十九万円分だった。これには妻と二人で顔を見合わせた。還元率が平均を相当大きく超えているので立派にご利益があったといってよいだろう。私は妻と少し良い夕食を食べに行き残りを貯金した。百の羊の絵は、妻が額装してドールハウスに大事に飾った。
 今後もし、もしどうしてもお金が必要になったら、それに見合った数の羊の絵を買えばいいのね。妻はそんな風に笑った。
 しかし。
 私の耳の羊は詰まったままなのでたぶん今後私が羊の夢を見ることは不可能だろう。では妻が枕の下に敷けばいいのだろうか?妻は私程注意深くも根気よくもない。そんな妻が、芥子粒ことによると微塵子よりもなお小さいだろう羊の数をいくつまで勘定できるだろうか。
 でもそんなことは別にいいのだ。本当にお金が必要になった時に頼れるところがあると思うだけで気が楽になる。これは保険のようなものなのかもしれないと私は妻に言った。羊保険ね、かわいい。妻は笑った。その笑顔を見て、いつか私はもう一度絵を買いに行くかもしれないが、お世話にならないで済むようなるたけ上手に生活を設計しようと思った。
 そのうち上司が残念そうな顔でこんなことを言ってきた。お前に言われた商店街にずいぶん頻繁に通って版画売りのあらわれるのを待ったが、その前に雛道具の店が移転してしまった。行った先はわからない。もうあそこの商店街で羊の版画は買えないだろう。
 それでも私には百の羊の絵がある。いざとなったら羊保険がある。だから私たちはきっと大丈夫だ。
 そうして今も、羊は私の左右の耳から垂れ下がっているのである。