なだらかに落ちかかる絹のドレスの質感をこの目で確かめたくてマリアノ・フォルチュニ展に行こうと思った。しかしその前に腹ごしらえである。三菱一号館の近隣の店を検索するとランチの癖にやたら高い価格設定の店ばかり出てきて心がおれそうになりええい丸の内勤務のリーマンは昼に何を食べておるのかと憤りかけたところにヴァンピックルという炭火焼フレンチの店が見つかった。公式サイトには週替わりのランチメニューが掲載されている。金曜スペシャルと題して牛カイノミ肉のステーキがある。これを目当てに店を訪ねた。当該地下街にあるは内装の味気ないチェーン店ばかりかと思われたがヴァンピックルさんは新橋や新宿にあるいい感じに古い洋風居酒屋のような内装で非常に好感が持てた。食べログではやたら狭い狭いといわれていたが12時30分過ぎに訪ねたせいか人出が一段落しており二人がけテーブル席に案内された。時間が時間なので限定のカイノミとフォアグラ丼は終わっているという。しかしうなぎフォアグラ丼はまだあるという。外で食いたいのは家で作りづらい調理法または扱いづらい材料のメニューである。ご飯を「すごく少なめ」にしてうなぎフォアグラ丼を頼んだ。
まずはサラダが来た。とてもおいしいマヨネーズソースのようなドレッシングがかかっている喫茶店のランチの添え物のようなお仕着せのサラダである。
丼ならば箸が欲しいなぁと思いながらフォークで刺して食べているうちにフォアグラ丼が届いた。
わははははははは。
上におわすのがウナギ様、下におわすのがフォアグラ様である。このルックス、もううまいのは約束されたようなもんである。そもそも炭火の扱いに慣れた料理人が出してくるウナギがよろしくないわけがない。フォアグラもふわっふわである。鳥の肝は要素としてはうまみに満ち満ちているが組織が密なせいで加熱すると固くなりがちなのであろう。それを脂肪肝に仕立てることでふわんふわんの食感を醸し出すのであろう。この食感の肝を持ったガチョウだかアヒルだかが過食で脂肪肝であると分析しさらにコンスタントな生産方法をも確立した古代ローマの執着やよし。夏に食べそびれたうなぎもよもやこんな形でいただくことになるとは思わなかった。かかっているソースはおそらく一般的なうなぎのたれをベースにしたものであろうが通常より軽やかであるようにも思われる。まぁなんにしてもうまいのだ、うまいのだよ。うなぎもフォアグラもいずれも存続が危ぶまれている食品なのであるいはこれが私の口にしうる最後の機会だったかもしれない。それがこの味わいであれば全く以て悔いはない。
至極満足して今度は三菱一号館を訪ねた。代表的なデルフォスを中心に様々な意匠のドレスがむせ返るほど展示されているのかと思っていたがそこまでではなかった。早世した絵描きのおとんの衣鉢を継ぐ形ではじめた油絵、そこからテキスタイルのデザイン、デザインを効率的に実現するための技術開発、またワーグナーの歌劇の舞台美術のための独自の自然な照明システム「クーポラ・フォルチュニ」の開発、ついでに自身の創作の材とするためのもろもろの撮影、さらに日本の型染など、マリアノ・フォルチュニさんの総合的な活動について紹介する展覧会であった。衣服は基本的に滝の白糸で仕立てたようなデルフォスとしっかりしたテキスタイルそのものを生かしたコート類が主で、立体裁断などのない非常に直線的な仕立てである。デルフォイとは繻子羽二重に近い絹織物に細かいプリーツを付けシンプルに裁断したものを重さを補うためのトンボ玉またはビーズとともに縫い合わせた美しいドレスである。プリーツの質感が芙蓉の花のようでまたビーズで重みをもたせた裳裾がシャコガイの外套膜のようで誠にもって美しい。
テキスタイルを生かしたシンプルな裁断のコートとはこれである。
このテキスタイルはえらく豪奢に見えるが実のところベルベットに捺染をしたものである。このような製法ならば大量生産も可能であろう。素晴らしい発明家である。テキスタイルの印象は色目の地味なウィリアム・モリスというところか。ところどころに中東っぽい名前の付いたランプが展示されていたがそれらもなかなかに素晴らしかった。唯一注文を付けるとすれば本家本元のフォルチュニ美術館の内装があまりにも美しいようだったのでそれらを再現した部屋があればよかったのになぁという点ぐらいか。作品の重厚に三菱一号館の白壁が合わないのだ。
気が済んだので21_21 DESIGN SIGHTの虫展に向かいかけたがその途中で何かおやつを食べたくなった。コーヒーはそれほどうまくなくともよいがおやつはうまくなければいやだ。しかしあまりお高いのは避けたい。しろたえを思い出して赤坂で下りた。当日は氷川神社のお祭りだったようで路上に屋台の設営中である。それを抜きにしても見目好いリア充がたくさんいて心が折れそうになる。
しろたえではもちろんレアチーズケーキを頂くわけだがなかなか来れないところなのでもう一つくらい頂きたいと思った。なんかふわふわしておいしそうなのでフロマージュ・スフレにした。今日はふわふわ日和である。
わははははははは。
うまいわ。
しかし暑さに負けてカフェオレを頼んだのは少々失敗であったように思われる。チーズケーキには紅茶を選ぶべきだったのだ。なおフロマージュ・スフレはなんかふわふわでおいしそうだから頼んだだけだったのだが実のところチーズスフレであった。期せずしてしろたえのチーズケーキ二種を制覇できたのである。鶴亀鶴亀。これで飲み物込みで1010円なのだから全く困ったものである。
またもや至極満足したところで改めて21_21 DESIGN SIGHTに向かった。しかししろたえから21_21 DESIGN SIGHTはどうにもこうにも地下鉄でのアクセスが悪く、「つまり歩いていくのが一番いいってことか? 」ということになる。法被姿の祭り好きとすれ違いながら桧町公園を抜け21_21 DESIGN SIGHTにたどり着いた。地下におりるとゾウムシのおみ足の拡大模型、そして綺羅星のようなグッドルッキングインセクツの標本箱がある。
ここが天国か。
もうこれが見ての通りのスター選手だらけなのだがそれぞれの彩り造型に集中させるためなのか名前の表記がない。解説はあれどそれぞれのシルエットに番号を付けたシートとその番号に対応した種名を記載したシートの二つに分かれており恐ろしく見辛い。途中まで追っていたが諦めた。どうしてこんなことしたの? いじわるしたかったの? と呪いたくなるような仕様である。せめてシルエットに種名を書いてほしい。口惜しや。
ブローチハムシシリーズや
なんかすごくジョジョっぽいゾウムシとかもちろんかわいかったし、小さすぎて写真撮れなかったけどトゲナシトゲアリトゲトゲとトゲナシトゲトゲとマエベニトゲトゲが並んでたのとかもう最高だった。だからこそ全ての種名を知りたかった。知りたかったんだよォォォー!!!素人にやさしくしてよォォォー!!!
三澤遥さんによる「視点の採集」ではゾウムシの多様性多義性とそれをリアル標本で見ることのできる贅沢に圧倒され、村山誠さんによる「Curculio camelliae」ではツバキシギゾウムシという微小の3DCGにによる緻密な再構成のSF的なかっこよさに感服し、小檜山賢二さんの「トビケラの巣」では巣の造形美とそれを写真作品として見せてくださるありがたさに感謝し、中野豪雄さんの日本のカミキリムシ同定チャート「カミキリムシの観察」では観察という言葉では済まないだろう研究者の同定の苦労に思いを馳せ、カブトムシが飛び立つ瞬間を動的模型で再現した「READY TO FLY]では何度も何度も翅の展開と格納を眺めた。
いい休日だった。